箱根 強羅温泉 山田家旅館にごり湯会

箱根強羅温泉 山田家旅館にごり湯会

強羅の誕生

大正時代の強羅全景

大正時代の強羅全景

(写真提供:箱根強羅観光協会)
強羅温泉

強羅温泉

(写真提供:箱根強羅観光協会)
四季の変化に富んだ街、強羅温泉郷は箱根で一番標高の高い山(標高1,438m)の北東の斜面に位置し、外輪山の明星ヶ岳(大文字山)を正面に見る”坂と温泉”の街です。

強羅は箱根の歴史の中でも比較的新しい街で、明治時代に引き湯により温泉場として始まり、明治から大正時代にかけて、別荘地としての分譲開発、大正時代に強羅公園の開園、箱根登山鉄道、ケーブルカーの開通を経て、今日の強羅の町並みが形成されました。

◆内輪山・外輪山とは?

箱根山はカルデラと呼ばれている地形で、火山の噴火により円形に大きくくぼんだ地形が特徴です。
箱根山は約40万年前に火山活動が始まり、円錐状の大型成層火山作り、この火山活動が終わった約20万年前に中央部に陥没が起こり大きなカルデラを作りました。
これが現在の外輪山です。

約3年前に、カルデラ内に新たな活動が起こり、神山、駒ケ岳、二子山などの中央火口丘が誕生しました。
これが現在の内輪山です。

さらに3千年~5千年前、神山北西部山腹に水蒸気爆発が起き、大規模な山崩れで芦ノ湖が生まれました。


◆強羅温泉の泉質について

強羅温泉は、早雲山の裏側にある大涌谷を源泉とした乳白色の温泉(含硫黄-カルシウム-硫酸塩泉)と孔井から湧き出す透明温泉の2種類の温泉、泉質にすると9種類を味わえる贅沢な温泉場です。



 

強羅公園 (大正3年 開園)

現在の強羅の町並みに大きく影響している、明治時代の強羅別荘地分譲。その中心に位置づけられた公園として一色七五郎氏に設計されたフランス式整型庭園です。園内は大噴水を中心に熱帯シャクナゲ館、ブーゲンビレア館、熱帯ハーブ館、また、白雲洞茶苑の貴重な茶室もあります。

日本初のフランス式整型庭園

(写真提供:島写真館)

当時公園内に屋外演劇場もありました

(写真提供:島写真館)

凍りつく噴水

(写真提供:島写真館)

 

箱根登山鉄道 (大正8年 湯元~強羅間開通)

車輪の力だけで1000分の80という急勾配を登る日本唯一の箱根登山鉄道は、大正8年に開通しました。
この急勾配を登るために登山鉄道は様々な特色があります。

まずは、すべての車輪に強力なモーターが取り付けてあります。また、路線は自然を壊さないように山の形に沿って造ってあり、多くの急カーブがあります。そのため車両の長さが短めに、また連結器も特別に作られています。カーブでは水を撒いてレールと車輪の摩耗を防いでいます。

箱根登山鉄道の特徴の一つである「スイッチバック」は、急勾配を登るためにジグザグにしたあり、3回先頭が入れ替わり、強羅に着いたときには先頭に乗ったはずが後部に乗っているというわけです。

さらに急勾配を下るためにブレーキも「空気」「電気」「手動」「レール圧着」の4種類のブレーキを取り付けてあります。
(写真提供:島写真館)
 

強羅夏祭りと大文字焼 (大正10年~)

花火と大文字焼き

(写真提供:島写真館)
稚児行列

稚児行列

(写真提供:島写真館)
大正10年に強羅の大文字焼きは始まりました。

山並みを縫って強羅においでの際、必ず「大」の字が浮き出された山を仰ぎ見られることでしょう。
この山が通称大文字山と呼ばれ、正しくは箱根外輪山の1つ標高924mの明星ヶ丘です。
毎年8月16日の夜に行われる強羅温泉最大の行事である「強羅夏祭り大文字焼き」が雄大に行われる山です。

この「大」の字とともに強羅が発展、繁栄してきました。

また、同じく大正10年にスイス製のケーブルカーが強羅~早雲山間で開通しました。(関東地方における第1号)



強羅から見た明星ヶ岳

強羅から見た明星ヶ岳

(写真提供:箱根強羅観光協会)
旧強羅ホテル前

旧強羅ホテル前

(写真提供:島写真館)
美空ひばりさんが来たこともあります

美空ひばりさんが来たこともあります

(写真提供:島写真館)

 
 
文章
・平成15年2月発行 箱根強羅観光協会 50周年記念冊子より引用
 
写真提供
・平成15年2月発行 箱根強羅観光協会 50周年記念冊子
・有限会社島写真館 嶋 陽一様
 http://studiocafe-shima.jp